地域のプレイヤー

コロナ後を見据えた医療のあり方|木田悟史

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コロナウイルス蔓延に揺れる我々

 今回のコロナウイルス蔓延によって、地域医療の課題が改めて浮き彫りにされた。イタリアでは、厳しい財政事情により医療施設や医師、看護士等のダウンサイズが行われた結果、ウィルスの感染拡大により患者数が急増する事態に効果的に対処することができなかった。日本においても今のところイタリアほど深刻な医療崩壊は起きていないものの、都心部で患者数が急増した場合には、早晩同じことが起こり得る。

 また、地方においては今回のような新型の感染症に対処し得る医療設備や人材が十分に確保できておらず、域内で感染が拡大した場合に必要な病床数や、マスクやゴーグル等、最低限の医療資機材すら不足している所が多いのが現状だ。

 一方で、いつ起きるとも分からない新型感染症の発生に備えて全国いたるところで十分な態勢をしこうとすると過剰な投資になりかねない。感染症に対応できる人材や減圧室のような設備が平時においても必要といえるかといえば、合理的に考えれば否だろう。しかし、こうした経済合理性だけに基づく判断だけで本当によいのだろうか。

病院再編問題に揺れる地方

 昨年の夏、厚生労働省から発表された1つのリストが特に地方で波紋を呼んだ。「病院再編・統合リスト」である。全国424の公立病院・公的病院等について、がんや心疾患、脳卒中、救急医療などの診療実績が少ないことなどから、公立・公的病院等でなければ果たせない機能を果たしているのかという点について再検証を求める内容となっている。

 同省が設置したワーキンググループにおいて提言されたもので、必要に応じて機能分化やダウンサイジングなどを含めた再編・統合の検討を求めてはどうかといった意見も提出されている。

 これを受けて、指定を受けた各病院や自治体では、今年の9月までに何らかの対応策を纏めるべき動きだしているものの、戸惑いや憤りを感じている関係者も多いようだ。

 鳥取県の最西端、広島県と島根県の県境に位置する日南町という町にも、この指定を受けた病院がある。日南病院である。

 同病院では、国が地域包括ケアを提唱する何十年も前から、行政や保健師、ケアマネージャー等がスクラムを組み、地域の医療、看護、介護を支える仕組みが出来ていた。こうした取り組みは診療報酬には反映されないものの、地域における質の高いプライマリケアを実現するとともに、医療費や介護費の抑制に貢献してきた。実際に日南病院は公立の病院としては珍しく経年で黒字経営を実現している。

 こうした地道な取り組みをしているにも関わらず、再編や統合の対象となってしまうことそのものに自治体関係者からは疑念の声も上がっているようだ。

 日南病院のように、仮に質の高い地域包括ケアに準じた取り組みが行われていたとしても、そうした行為は診療報酬や介護報酬のようなインセンティブ、評価システムに反映されない。これでは真面目に努力した地域や医療機関が報われないのではないだろうか。

医療資源をどのように配分すべきか

 ここで鳥取県出身であり、長年ノーベル賞候補と目されてきた経済学者、宇沢弘文の言葉をお借りしながらこの問題について考えてみたい。

 宇沢はその著書「社会的共通資本」の中で、「医療を経済に合わせるのではなく、経済を医療に合わせるのが、社会的共通資本としての医療を考えるときの基本的視点である。」と言っている。

 医師や看護師、それから医療行為を行うための様々な施設や資機材等の資源には当然限りがあり、そうした“希少資源”をどのように分配するのかを考えねる必要があるというのだ。宇沢は現行の医療制度を支える診療報酬制度の問題にも触れながら、こうした資源配分については、市場的な基準に基づくのではなく、あくまで医学的観点から見て最適かどうかという基準によってなされるべきだと主張している。

 わが国の制度では、医師や看護師の給与はそれ単体で見れば赤字であり、検査や薬剤投与等、物的に測れる医療行為によって決まる診療報酬の黒字部分によって埋め合わせが行われているのが現状だ。

 今回のコロナウイルス対応の中で、医師や看護師の方々が自らの命と引き換えに懸命な努力をされているのを私達は目の当たりにしている。しかし、こうした医療行為に見合った金額を私達は本当に負担しているといえるのだろうか。

 国の財政負担問題をどうにかしていくことは確かに重要ではある。しかし真に国民生活にとって重要な医療資源に対して、どういった負担を行うべきなのか、私達はそろそろ真剣に考える時期に来ているのかもしれない。そして、人口減少の影響が顕著な地方は一層喫緊の問題なのである。

プロフィール

氏名:木田悟史(きだ さとし)

所属:日本財団 鳥取事務所所長
   ソーシャル・イノベーション本部国内事業開発チーム チームリーダー

経歴:慶応義塾大学 環境情報学部卒業後、日本財団入団。総務部や助成事業部門を経て、NPO向けのポータル・コミュニティサイト「通称『CANPAN』カンパン」の立上げに関わる。企業のCSR情報の調査や、東日本大震発災後、支援物資の調達や企業と連携した水産業の復興支援事業の立上げを担当。その後、情報システムや財団内の業務改善プロジェクトを経て今に至る。

参考文献

書籍名:「社会的共通資本」

著者:宇沢弘文著

出版社:岩波新書

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