路線バスの維持における税負担
鳥取県のような人口減少地域において、真っ先に上げられるのは地域交通に関する課題だ。実際に鳥取市が公表している令和元年度「鳥取市民アンケート調査報告書」によると、住民が満足しておらず、かつ施策として重要度の高いものとして「交通の便」が挙げられている。
私自身、鳥取市内の中心市街地周辺に暮らしているが、車を持つようになってから、公共交通機関を使うことはほとんどなくなってしまった。
日常で生活をしていると路線バスが走っていることは当然のことのように思えるが、実はこの路線バス維持のために、私達はかなりの税負担をしている。今回はこのテーマについて考えてみたい。
路線バスの維持に関わる維持コストはどれくらいなのか
鳥取市は、昨年末、このままでは路線バスを維持することが困難になるとして、廃線予定となる路線バスを前倒しで公表した。路線バスがなくなった後の代替手段について、住民側にも考えてもらいたいという行政側の意図もあったようだ。
鳥取市ではこれまでに、路線バスを維持するため、例年財政措置を講じてきた。直近の2020年度は、路線バス維持のために年間2.3億円の予算が計上されている。市ではこの他にも過疎地有償運送や高齢者向けの補助制度などの政策を持っており、これらの政策を総合するとかなりの予算額となる。
では、路線バスがどれくらい利用されているのかというと、2014年度においては2,678人となっており、一人当たり76,152円の税金が使われていることになる。 ※2014路線バス利用者数(鳥取県「地域公共交通の現状」より抜粋)
ここで考えてみたいのは、この数字が行政的に高パフォーマンスなのか、それとも低パフォーマンスなのか、ということだ。市側も路線バスの廃線を順次決めているということなので、当然パフォーマンスは悪いのだろうが、この数字を見るだけではなかなか判断がしづらいと言える。
また、約2億円あまりの費用は、何かあった場合の保険としても考えられる。高齢化が進んで免許返納者が増えた場合、最後に頼れるのは公共交通手段しかないからである。実際に鳥取県では、ここ5年間で65歳以上の高齢者における免許返納者が約3倍に増えている。
共助交通という補完手段
そこで、ここでは思考実験として、仮に公共交通を全て住民達による共助によって代替するというケースを考えてみたい。*2
共助交通とは、自家用車やリース車を使って、住民達が有志で移動手段を確保していこうという取り組みだ。現状、我が国では自家用有償運送(いわゆるUber等のサービス)は法律上認められていないため、実費相当分(ガソリン代等)のみをユーザーに負担してもらい、ドライバーは基本的には無償でという形が一般的である。
ただしカーシェアリングの場合、車を借り上げるための経費が月に2万円以上するなど、事業実施団体側の負担は一定程度発生する。これまでのケースでは、1ヵ所あたり年間で概ね100万円程度の行政負担が必要だ。これをカバーするために自治体側で予算を組んでいるケースも多い。
うまくいっている地域では、共助交通の利用率は非常に高い。日本財団が鳥取県と共同して取り組んでいる米子市永江地区のケースでは、月間の利用者数が約65人となっている。(2019年10月時点)仮にこの数字が一年間推移した場合、一人1,282円/年の行政負担となる。
あくまでこれは机上の比較なので、厳密にはこの数字と比較して路線バスの維持経費が高すぎるから、すぐに共助交通に切り替えるべきだと唱えるつもりはない。
しかし、人口減少により今後は税収も細り、そして利用者も減っていくことがかなり高い確度で想定される中、地域住民の移動の自由を確保するために、どういった施策を打つべきか真剣に考える時期に来ていることは間違いない。
万能な解決策はない。選択肢を増やすべき
現状行政においては、基幹交通は交通政策課が所掌し、過疎地におけるラストワンマイルの所については福祉課や地域振興局が担うなど、政策が個別に分断されており、意思疎通も十分に図れているとはいえない。*3
また、単に行政コストを削減するという観点だけではなく、住民目線に立ちながら、どうすればより良いサービスを提供することができるのかを検討するべきだ。
移動に関しては、近年、自動運転やMaas等テクノロジーの力を使った課題解決の試みも国内外で始まっている。今回のコロナ禍によって、医療の分野ではオンライン診療等の規制が緩和され始めているが、交通の分野でも今後無人化が進んでいくことも想定され得る。*4
いずれにしても、今のうちから考えられ得る選択肢を増やしていき、いかに低コストでかつ住民満足度を高められる交通体系を作れるのか、行政だけでなく民間の知恵も結集した取り組みが求められる。
注釈
*1 2014路線バス利用者数(鳥取県「地域公共交通の現状」より抜粋)
*2 鳥取県内でも鳥取県・日本財団共同プロジェクトにより、いくつかの自治体において共助交通の取り組みを進めているが、実際には公共交通を全て共助交通に代替することは困難であり現実的ではない。あくまで公共交通の補助手段として捉えるのが現実的である。
*3 「ラストワンマイル」:物流や通信事業の分野で使われ、物流の場合は最終拠点からエンドユーザーへの最後の区間のことを意味し、通信の分野においてはユーザーと業者を結ぶ最後の区間のことを指す。
*4 「MaaS(Mobility as a Service)」:バス、電車、タクシーからライドシェアやシェアサイクルといったあらゆる公共交通機関を、ITの技術を用いてシームレスに結びつけ、人々が効率よく、かつ便利に使えるようにするシステムのこと
プロフィール
氏名:木田悟史(きだ さとし)
所属:日本財団 鳥取事務所所長
ソーシャル・イノベーション本部国内事業開発チーム チームリーダー
経歴:慶応義塾大学 環境情報学部卒業後、日本財団入団。総務部や助成事業部門を経て、NPO向けのポータル・コミュニティサイト「通称『CANPAN』カンパン」の立上げに関わる。企業のCSR情報の調査や、東日本大震発災後、支援物資の調達や企業と連携した水産業の復興支援事業の立上げを担当。その後、情報システムや財団内の業務改善プロジェクトを経て今に至る。